CAREER

本当にいろいろと経験させてもらいました。簡単に職歴を紹介させていただきます。

整形外科クリニック

実家のすぐ近くの整形外科クリニックへ就職することとなりました。院長先生も来いって言ってたし、あんまり深く考えずに就職をしてしまいました。就職を決めてからいろいろと考えると、先輩理学療法士がいない一人職場、教えてもらえる環境ではなかったのです。学生の時にも赤点ギリギリで通ってきたので、勉強はできない方でした。職場では、昔にやっていたと言うリハビリ関係の書類の整理から始めました。また、社会のルールがわからないので謎に秘書検定2級を取得してみたり…

臨床ではどうしたらいいのかわからずに、手当たり次第に研修会、勉強会に行くようになりました。研修といっても当時は今のように多くなかったので、結構高額のセミナーに参加することとなりました。セミナーに参加することで満足してしまうようなダメ理学療法士です。セミナーに参加して他の病院や施設の方と話をするようになって、クリニックでの業務だけではこの先ダメなのではないかと思い始め自分やばくないって思い始めました。

 

回復期リハビリテーション病院

回復期、療養、通所、訪問などを行っている病院に無事に転職をしました。そこそこ大きな病院だったので、学校の先輩やら後輩やらが何人かいて楽しい職場になるはずでしたが。。。

今まで一人でしか働いてこなかったため、業務の煩わしさや他のスタッフへの気配りなど大変なことも多くなりました。

また、今まではご自身で歩けるかたしか見たことがなかったこともあり、トランスファー(移乗動作介助)や立ち上がり介助など今考えても笑えるぐらい下手くそでした。

毎日毎日、試行錯誤しながら自分なりの形を見つけ出来るようにはなってきましたがまだまだですね。

クリニックに比べ公休が増えたこともあり研修への参加はエスカレートしていき月に2、3の研修会に参加していました。

研修会に参加することで安心感を得ていたんだと思います。その時は出来るような気がして手技で自分を守るようになりました。

そんななか、技師長に声をかけられ次の病院に移るか悩み始めました。

 

個人病院(外来・入院・訪問)

大所帯からまた少人数の病院に移ることになりました。技師長に誘われたからと言うのが一番の理由になるとは思います。家からの通勤時間も短くなりいいことばかり。通勤に車を使ったり、自転車で行ったり、バイクで行ったりと好き放題やっていました。

この頃も研修会によくいっていました。3学会合同呼吸療法認定士や国際マッケンジー協会認定セラピストやらオーソティックスソサエティーフットケアトレーナーとか本当にいろんなことに挑戦した時期でした。患者さんに必要かなと思うととりあえず研修会に行く、行き始めるととりあえず資格をとる。運営団体の思う壺かもしれませんが、知り合いなども増えてそれなりに楽しく学んでいました。

当時、25歳を過ぎる頃になるとこのまま医療保険下にいていいのか。医療保険は破綻してしまうのではないかなど、将来への不安が強くなってきました。介護保険への関心が強くなってきた時期です。

 

特別養護老人ホーム(機能訓練指導員)

人との繋がりで新設の特別養護老人ホームで理学療法士を必要としてると言われて、転職を決めました。

特養ってこんなところなんだと就職してから知りました。転職をする前にちゃんと調べておくべきでした。個別でのサービスを必要とされないところだったのです。就職したからにはなにか残そうと思いなんでも引き受けていたら、、、

いつの間にか、施設内の便利屋になっていました。利用者さんの送迎をしたり介護士さんが足りないところにはヘルプにいったり、入浴介助に行ったり、、、

さすがに夜勤はありませんでしたが。

少しでも専門職として形を残そうとリスクマネジメント委員会や褥瘡予防委員会、感染症予防委員会など委員会活動も積極的に行っていました。

少しでも書類業務を減らそうとシステムを作り始めました。Excelの関数をネットなどで調べながら作り上げていきました。

そんななかでも、やっぱり直接リハビリの仕事をしたいという思いが強くなっていくのです。

 

介護保険施設 老人ホーム

このときの転職では本当にいろんなところを見学にいきました。普通に不採用通知も何回ももらいました。そりゃそうですよね。こんなに転職してる人いつやめるかわからないから採用したくないですよね。

捨てる神あれば拾う神ありというのでしょう。採用していただきました。今回は老人ホームです。

個別でのリハビリの対応はありましたが、集団での対応も多くありました。今まであまりしたことのない集団体操、戸惑いました。やっていけば慣れてきますが、喋り自体は面白くはなりませんね。単調な集団体操をずっとしていました。

そんななか介護予防事業にて、地域の体操教室に行くことになりました。少しでも楽しく、分かりやすく説明できるように努力をしていきました。

今でも完璧に楽しく分かりやすいかと言われるとわかりませんが、昔よりはよくなったと思います。

 

IMM Imagination Labo 設立

起業をしてみました。いろんなところで働いてみて、こんなサービスがあったらいいのになどをずっと考えてきました。

今までしたことのない、営業にいってみたり契約書をつくってみたり、本当になれないことばかりやってみました。

病院や施設だと他の人たちがしてくれていたことを改めてありがたいと感じることができました。

起業して、大きくはなっていないですが変わらず存続させることができています。少しずつでも大きくしていきたいとは思いながらもマンパワーの問題であったり、契約施設様に迷惑がかからないようにと考えるとなかなか大きくすることは難しいですね。

ホームページの作成をしてみましたが、ある程度出来てきたなって思っていたら…

間違えてすべて消してしまいました。消してしまったというか自分の無知のせいで上書きしてしまい今までのデータが全て消えてしまいました。自分でやろうとするとそんなもんなんですかね。。。今作っているのは2回目のホームページになります。

 

訪問看護ステーション(訪問リハビリ)

この頃になると、いい歳になったし結婚も考え始めて家から近いところ年収もそこそこほとんど定時で帰れるところを探し始めました。

そんななか見つけたのが訪問リハでした。事業所によってかなり差がありますが選んだところは訪問件数が少なくてちゃんと帰れるところ。最初は帰れました。そのまま続けていればよかったのかもしれません。

急に異動を命じられました。異動先が定時では帰れない。事業所のルールがかなり違う。戸惑うことしかありませんでした。

訪問リハ自体は、大変なこともたくさんありましたが楽しいことも多かったです。お宅に行かせてもらうので、できないこと、困ってることをその場で一緒に練習できました。病院ではできないサービスだと思い、利用者さんと一緒になって喜んだりしていました。

 

クリニック(通所リハビリ)

結婚後、やはり現実的になるところがありました。年収です。このまま年収が上がることもなく今のまま働いていくことは難しいと思い、役職として転職を探し始めました。

知り合いの紹介もあり役職者として転職が決まりました。

クリニック・通所リハビリテーションの立て直しを受け、就職することになりました。

最初の月はよかったのですが、次の月から給料日に給与が入らない…

始めての経験をさせてもらいました。

そこから半年、まともに給与がはいりませんでした。さすがにこれでは役職もなにも関係なく生活ができない。

考えたくなかったのですが、転職を考え始めました。なかなか決まらず、給料がちゃんと入らない職場で働き続けました。

そんな中、経営者が両手を上げました。買収が決まり、今までの雇用条件では働き続けることが出来なくなりました。

それと同時に新しい職場も見つかり退職することになりました。

 

株式会社(スポーツクラブ)

今は、とある株式会社に就職することができました。今までスーツなど着て出勤などしたことがなかったのですが、スーツを着て営業など新しいことをさせてもらっています。

医療法人や社会福祉法人でしか働いたことがなかったので、できないことばかりの毎日になります。理学療法士としてのスキル以外のものを学んで活かしていければと思っています。

 

転職がかなり多いですが、最終的に自分で活動をしていきたいという思いのもと動いてきました。

転職回数で損をしたこともたくさんありますが、他の人にはできない経験をさせてもらったと考えています。

 

 

IMM Imagination Laboとしての活動

訪問自費リハビリをさせていただいております。それ以外には、リハビリ専門職員がいないデイサービスや有料老人ホームにお邪魔させていただいて、生活リハビリや集団での体操、定期的な身体機能チェックなどをおこなっています。
介護職員さんに向けて研修会を行ったりといろいろとやらせてもらっています。

今後も少しづつ新しいことを行っていきたいと思っています。理学療法士に限らず必要とされるサービスの提供ができるような団体にしていきたいと思います。

小さな団体ではありますが、できることを着実に行っていきます。